Web寺報 en.について

縁覚寺のWeb寺報

en.は縁覚寺の若院が書き綴るWeb寺報です。
寺報と銘打ってはいますが、お寺の情報発信というより、私の個人的な考えや思いを吐露する場になる予定です。
かっこよく言えば、オピニオンメディア。
そんな場所になればと思っています。

「en.」というタイトルには、私のポリシーが反映されています。
いや、ポリシーというほど確固たるものではないかもしれません。
むしろ、今後お寺を継承し、僧侶を職業の一つにしていくにあたってテーマになると予感しているもの、と言ったところでしょうか。
それでも、(これを書いている時点で)36年間生きてきた中での、自分の人生観のようなものを反映していることは間違いありません。
少しだけその由来を語らせてください。



お察しの通り「en」は「縁」に由来します。
寺号にも含まれる縁ですが、仏教用語としては縁起という言葉で目にすることが多いはずです。
私は生活の中で起きる出来事や人間関係、あるいは何かを通じて見聞きした世の中の出来事について、「背景にどのような縁起があり得るか?」と考える癖があります。
より正確に言えば、むしろ人間が本来持っている考え方や認識の癖に抗うために、意識してそう考えるよう努めています。
この習慣は、仏教というより、私が大学・大学院と専攻していた心理学を通じて身につけてきたものなのですが、語り始めると止まらなくなってしまうので、また別の機会に詳しく説明させてください。

とにかく、「縁起」という発想は私にとって、とっても重要な羅針盤のようなものなのです。
ここに文章を綴るにあたっても、そのことは常に下敷きにしておきたくて「en」というタイトルをつけました。
もう一つ付け加えるとすれば、すごく単純な意味で、人と人との縁を大事にしたいという思いもあります。



そして、ここのタイトルにはもう一文字、文字が含まれています。
気づいていただけたでしょうか?
enの後に「.(ピリオド)」がついています。
これはご存知のように、英語などの言語で「。」と同じく文章の最後を示すためにつけられる記号です。
「ピリオドが打たれる」という言葉は「ものごとが終わりを迎える」ということの比喩として使われます。

「en.」の「.」は、ずばり死を表しています。
人は必ず死を迎えます。
この当たり前で避けることができない事実を、日々の暮らしの中で意識することは多くありません。
ひととき意識しても、また日常の中で忘れ去られていきます。
でも、そのことが多くの人の人生を幸福から遠ざけているような気がするのです。
私自身、命が有限であることを常に意識をしておきたくて、タイトルに死=諸行無常を意味するものとして「.」を入れました。
ちなみに「.」は発音しませんので、この寺報は「えん」と呼びます。

ということで、ここに綴られる文章は、一見そのようには読めなかったとしても、何かしら縁起や諸行無常に関係するものになるはずです。

ではまた、次のご縁がありましたら。

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