about
浄土真宗 本願寺派
縁覚寺は親鸞聖人を開祖とする、浄土真宗のお寺です。浄土真宗には、いくつかの宗派がありますが、縁覚寺は京都市の西本願寺を本山とする本願寺派に属しています。本願寺派は、本山の西本願寺にちなんで「お西」と呼ばれています。
本願寺について、もっと詳しく岐阜教区(岐阜別院)
浄土真宗本願寺派は各都道府県の単位で「教区」というまとまりを作っており、縁覚寺は岐阜教区の西濃南組(せいのうなんそ)に属しています。本願寺は日本各地に別院を設置していますが、岐阜県には3つの別院があり、なかでも岐阜市の岐阜別院が教区の教務所の役割を担っています。
岐阜別院について、もっと詳しく縁覚寺の歴史
縁覚寺は文安2年(1445年)に楠正隆(楠木正成の三男正儀の家系)の長男 栄蓮によって創建された真言宗の寺院でした。その後、天正14年(1586年)に第5世 春照坊無分により浄土真宗に転宗したとされます。以来、大垣の中心地本町にて浄土真宗の教えを伝えてきました。
縁覚寺と大垣市・縁のある人物
慶應3年(1867年)大垣藩主戸田侯の帰依により縁覚寺は真宗西派本坊(西御坊)の称号を用いるようになりました。創建以降長らく大垣市の本町を寺基としてきた縁覚寺ですが、太平洋戦争の戦火で本堂が全焼してしまいます。その後、昭和36年(1961年)安井町に移転し、現在に至っています。また、当山は近代植物学の開拓者 飯沼慾斎、近代外科医学の基礎を築いた佐藤三吉、橋梁学の工学博士 那波光雄、大垣の生んだ書の達人 大野百練など、大垣市に所縁のある方の菩提寺でもあります。